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あっちだ、おれにもさっぱり分らん。

お互いに知り合いになり、一緒に辛い思いをした仲だった。
もう顔を合わさなくなるという思い、これは常に心を悲しくするものである。
「出て行くのか、で、どこへ行くんだ?」
「あっちだ、おれにもさっぱり分らん。」
「だが、また会えるだろうな」
「いや、そうは思わん。」
ジェルミナール・下/エミール・ゾラ(p115)


彼は、人間の空しさというものを、人間がすぐに熔けてしまう蝋でできていることを、知ったのだった。
ブレストの乱暴者/ジャン・ジュネ(p235)


146 怪物とたたかう者は、みずからも怪物とならぬようにこころせよ。なんじが久しく深淵を見入るとき、深淵もまたなんじを見入るのである。
善悪の彼岸/ニーチェ(p112)


ツヨシは老婆らの心のうちをなんとなく分かった。親の代から住んでいた路地が立ちのきになり、立ちのき料がふところに入ったのを潮に、昔から名を聞いていたところを廻る、神社や皇居には奉仕をし、寺では練習しつづけていた御詠歌をやる、という目論見だったが、老婆の誰も、路地に帰りつく事を考えている者はなかった。
日輪の翼/中上健次(p55)


「そんなところに立って何をしているんだ」
「待ってたのよ。御帰りを」
「だって何か一生懸命に見ていたじゃないか」
「ええ。あれ雀よ。雀が御向こうの宅の二階の庇に巣を食ってるんでしょう」
津田は一寸向こうの宅の屋根を見上げた。然し其所には雀らしいものの影も見えなかった。
明暗/夏目漱石(p10)


「闇の夜で確(しか)と分らない。ただ目がぱちぱちと動いているように見えた」
山ン本五郎左衛門只今退散仕る/稲垣足穂(p323)


太宰さん、お元気ですか。
何も考え浮かびません。
無心に流れて、
そうして、
軍人第一年生。
当分、
「詩」は、
頭の中に、
うごきませんようです。
東京の空は?

御元気ですか。
遠い空から御伺いします。
無事、任地に着きました。
大いなる文学のために、
死んで下さい。
自分も死にます、
この戦争のために。
散華/太宰治(p263)

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連塾 方法日本II『侘び・数寄・余白~アートにひそむ負の想像力』松岡正剛(4)

日本的な思考として、「ウツ―ウツロヒ(ウツロイ)―ウツツ」の理論があるそうです。
これも面白い話で、ぜひご紹介したいです。

「ウツ―ウツロイ―ウツツ」の関係について。
漢字にあてはめて意味を書き出すと、こうなるそうです。↓

ウツ
「空」「虚」。ウツロ、ウツホも同類。そこには何もないけれど、何かが出てくる母体となる。ナッシングじゃない。

ウツロイ 
ナッシングじゃない「ウツ」から、ウツシ、ウツリが生み出される。「移る」「写る」「映る」、移動や射影、反映。これらをひっくるめて「ウツロイ」。
「ウツロイによって、ウツにひそんでいた何かが移り、写って、映されていく。(p177)」

ウツツ
「ウツ→ウツロイ」はさまざまに変転し、「夢うつつ」のウツツ、「現」に達する。現実そのもの。
「ウツとウツツは「ウツ⇔ウツツ」という双方向だったということなんです。ウツがウツロイをへてウツツになっていく。「無」はいつのまにか「有」になっている。ウツツには必ずウツロイが動向していて、その奥にウツがある。そういう相互関係です。(p178)」

日本という方法―おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)


抽象的な言葉遊びではなく理論を証明できる、いくつもの実例があるそうです。この本 のなかで説明していますが、ここでは詳細には抜き出しません。ともかく実例から理論を抜き出したということです。方法日本のために。たとえば、

千夜千冊内:『ゑびすの旅』大江時雄

ゑびすさんは中央から外れた人々のことをいうのだそうで、化外の民だそうです。正体はヒルコ(蛭子)で、流れ流され日本各地に流れていって、ゑびすさんになって戻ってきたという。

ここで大事なことは、そうした「不足なるもの」が流されて流されているうちに、エビスというラッキーなものに転移したということ、そのことなんです。「負としてのヒルコ」が「正としてのエビス」に変化した。マイナスがゼロを超えてプラスに転じている。これは、さきほどから私が話してきました「ウツ⇔ウツツ」の関係とも、・・・。(p183)
このようなウツとウツツの相互関係を好んだ日本人は、この見方をいかしてさまざまな美術や芸能や文芸をつくりあげました。ウツとウツツの感覚は、その後、みごとに日本人の美意識や芸術意識や芸能感覚になっていったんです。(p186)



なにもないところにこそ何かを見ている、というのは確かにストンと落ちます。日本画や邦楽、その他、あらゆるジャンル、思い浮かべると腑に落ちます。小説も、そうですね。誰かが言っていたけど、翻訳されて外国でバカ売れする小説は、日本の小説ではないと。なぜかというと、書いてないところにこそ日本人作家は書いているのだから、易々と翻訳されてしまう(言葉に置きかえられてしまう)のは日本の小説ではないという理屈です。逆に、こっちも解らないです。一神教の国の小説を。ほんとうには理解できないです。「あ、わかる、わかる」、なんて言ったら、相手はムッとするかもしれません、あたりまえに段差があって。
マクドナルド化して(いやマックも美味しいよ。そういうことじゃなくて)久しいので、いまさらの感もあるけれど。日本人が日本語で小説を書くなら、どんなに苦しくても骨が灰になろうとも日本という国に住まい、皆と苦楽をともにして、この国に居ながらにして外国人、異質であれと、言っていた、作家もいましたよ、いまはむかし。

千夜千冊内:『「いき」の構造』九鬼周造
千夜千冊内:『この国のかたち』司馬遼太郎

九鬼周造の言葉でいえば、「そこに欠けているものがあるからこそ卒然と成立する日本というものがある」ということです。
でもこれだけを聞くととても妙な言葉ですよね。「欠けているのに成立している」というのは、矛盾のように感じられますよね。けれども、たしかに日本には「正と負」「顕と冥」「表と裏」は互いに数寄屋造りのように組み合わさっていることが少なくないんですね。(略)
日本は本来が多様なんです。しかしながら、そこに何か一途なものがあるんです。「多様と一途」は両立しないようですが、じつは両立してきたのです。社会の歴史をふりかえってみても、天皇と将軍、公家と武家、東国と西国、神と仏、菩薩と天狗、商人と遊女が、それぞれ百姓をもって共存してきました。・・・
しかし、そのような日本はときどきおかしくもなってきました。だから忌野清志郎のような桃太郎がつぎつぎ必要です。「異胎の国」にもなりましたから、これを浄化できる力も必要です。金子光晴のように異邦人になることも必要でしょう。(p438~)



「ウツ―ウツロヒ(ウツロイ)―ウツツ」の理論が浸透していくのには、前記事に書いたとおり、タイムラグが必要とされます。もともとは、タイムラグが前提で、「ウツ―ウツロヒ(ウツロイ)―ウツツ」になるのだけれど、「異胎の国」の感覚では、それはタイムラグと認識されます。それだけ話が遠くなってしまったということです。

この本 だけでなく、松岡さんが、ずーっとやっているのは、話が遠くなってしまって、なんどもアタックしないと通じないから、と思ったりしますが。私のこんなブログ記事ではなおさらに。なんとなく雰囲気が伝われば・・・。

日本はどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
みんな、いろんなことを言うけれど、その言葉の根もとは、どこから来たのだろう・・・。

グローバルスタンダードというひとつの大きな価値観や、一極的なグレートストーリーにもとづいたシナリオで決めようとしすぎている。(p15)

日本にとっていったい「伝統と革新とは何なのか」・・・「保守と前衛」とは何か・・・能や歌舞伎が伝統で、ロックやヒップホップが前衛ですか。無形文化財が伝統で、IT技術が革新的なんですか。どうも、そのように見るのではまったく足りないのではないかと思います。いや、そういう見方はひょっとするとまちがいではないかと思います。(p297)


日本という方法―おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)
連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力 (連塾方法日本 2)

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