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『コーヒープリンス1号店』モドカシイ

みれば見るほどハマっていく韓国ドラマですが、
『コーヒープリンス1号店』のなかに、ハンソンの歌がフルコーラス入っている箇所があります。流れるかな、と思ったのだけど、フシギと流れずに、しぜんな感じで入っていました(余談、サントラ買うよ。)

やはり、映像がストーリー以上にストーリーを物語っているのだと思います。
だってストーリーは少女マンガによくある感じの、こまかく分析すると感想文がとても書きにくい内容であったにもかかわらず、韓国では大ヒットしたドラマだし、私も見て面白いと思ったし。なぜ面白いと感じるのかを、つい考えてしまうのですが・・・。
たとえばウンチャンは大食いでしょ。世の女性たちは太っちゃいけないとか思ってセーブしているでしょう。ウンチャンは男の子みたいに、ふるまっているけれど、世の女性たちは社会に「女性」を要求されて、ぶっちゃけ疲れちゃったなー、とか、ないですか? ハンギョルみたいな男性でも家ではちっちゃなオモチャで遊んでいる、そういう気持ち、分かるなー、とか。こういった映像がずーっと流れているわけです。だれと誰がどうなったとか、なにが起こって事態はどう変遷するのかといったストーリー上の出来事は、すべてこの映像の上に流れている、という作り方です。
大食い、オモチャで遊ぶ、これらは主にキャラ説明のためだと思われますが、それにしては入念にやっています、脱線しまくりで。ハンソンの歌もそうでフルで入れなくてもいいところで入れてしまうのです。
その脱線のなかでCGも使っていました。韓国ではブーイング。私は悪くないと思うけど、ほどよく気が抜けていんじゃないかと。でもブーイングの理由も分かる気がしています。他の脱線は、脱線ではなくて、ずーっと映像が構築してきた同テーマ内の映像であったから。CG部分は同テーマ内から確かに脱線しています、ただ笑える映像となっていました。

うーん、書けば書くほどあたりまえのことを言っているような感じになってしまいますが。
私も上手く言えなくて、モドカシイ、笑。

なんというか、ストーリーだけでは新しいものなんてもう出てこないと思うし、ドラマだけでなく小説でも映画でも、さぁこんどはどのパターンでどう見せてくれるのかとまず思うわけですよー。それで、あざとい感じ、ひねり過ぎて背骨が折れるぞという感じ、退屈と幻滅を行き来するわけですが。まだ韓国ドラマが救われるのは、俳優さん方の演技レベルが高いこと。脱線してもかまわないから、なにか面白いものを作っていこう、という底抜けの、作り手側の情熱です。まだまだ救われています。
『コーヒープリンス1号店』は映像が得意なことを、映像でなければ出来ないことを、強く意識していると思われます。その点が、とくに、可能性を感じました。

場、空間、そこへ集う人々、すべて主人公だった、と言ってみたいのです。
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コン・ユ/ユン・ウネ『コーヒープリンス1号店』まるごとコーヒーショップな映像を重ねて

コーヒープリンス1号店 公式ガイドブック


他の表現活動と比べて映画ドラマがもっとも有利な点は、「映像で見せることができる」。
あたりまえのようで基本じゃないかと矢も飛んできそうだけど、そうでもないです。
活字組や舞台組が逆立ちしてもできないことを、映像組には出来てしまうのです(※1)。
『コーヒープリンス1号店』は、映画ドラマのもっとも有利な点を強く意識して、「芸術的でしょ?」などとキショク悪い色気も出さずに、肩のチカラを抜いて、けれども最初に掲げたココロザシは徹底して貫いた、「勝ちにきてる」ドラマでした。
※1)逆に、映像組には出来ないことを、活字組や舞台組には出来ますよね。ぞれぞれに得手不得手が。

(あらすじ)幼い頃に父親を失い、一家の大黒柱として家計を支える女の子ウンチャン。なりふり構わず働き、外に出れば男性と間違われることはしょっちゅう。
訳あってまとまったお金が必要となったウンチャンは、イケメン男性しか雇わないカフェ“コーヒープリンス1号店”で男性店員として働くことに。
一方、ハンギョルは頭がよく気も回るが、他人に対して関心がなく、浮き草のように漂う個人主義者。留学先から帰ってきたところ、大会社を経営する祖母からつぶれそうなカフェ“コーヒープリンス1号店”の社長をするよう命じられる。
男として働くウンチャンに惹かれ、ゲイかもしれないと悩むハンギョル。ふたりの恋の行方は?そしてコーヒープリンス1号店の運命は? (amazon)


コーヒープリンス1号店 オリジナル・サウンドトラック(DVD付)


いつものように紹介文的あらすじでは何も分からないですが、笑。
サブタイトルに「まるごとコーヒーショップな映像を重ねて」と書きました。
私たちがよく利用しているような、じっさいのコーヒーショップの、あの落ち着いた心地よい雰囲気が、すべての映像に盛り込まれています。だから見ている人はずっと癒されているようなリラクゼーション効果みたいなものが(!?)、あったのではないかと想像しています。

ストーリーそのものとは、あまり関係がないような・・・。
ぜんぜん無いわけではないけれど、映像表現できる強みを意識しているので、映像自体で表現し、映像そのもので染みとおっていき、その上に魅力的な登場人物を配置して、あとは基本どおりの葛藤で互いをぶつけ合って見せています。

かつて日本でもトレンディードラマなんて言葉がありましたけど(今もあるの?)、特別編を見ましたらこの言葉が出てきました。
でも日本のそれとは根本的に違っていると思います。
日本のそれは、たとえばオシャレな部屋やファッションなどが、なんかいいでしょ、オシャレでしょ、ただそれだけで独立した映像として一方的に流されてしまった感があります。若者にコンタクトできる人気ドラマという意味で、トレンディーと言うのなら分かるけど。

『コーヒー~』は、そもそも、なんでコーヒーショップじゃなきゃいけないの? 
この部分の練り具合が徹底しています。ホンが書かれる前の事前の交渉が綿密だったと想像します。中華料理店じゃだめですか、ファミリーレストランはどうですか、なんでコーヒーショップなのか・・・。

ここを起点としてすべての映像が組み込まれ、ストーリーが展開しています。
どの画を持ってくるのかは柔軟に対応したらしいですが、選別の基準はこの起点にあると思われます。

イ・ユンジュン演出家「最初のアイデアを聞いて、よさそうだったら、どんどん取り入れたんです。いろんな物が1つの気持ちから作られました」特別編より


おもしろいからオシャレだから、ただ若者が望むだろう物だから、画として盛り込んだというだけでなく、コーヒーショップでなければならない必然性から、そこから派生していくかたちで柔軟に対応されたのではないでしょうか。
スッキリと書くと、テーマが確実に絞り込まれていました。
これで勝てないわけがない、笑。

Soundtrack from コーヒープリンス1号店~心ときめくコーヒーの香り~


具体的には、
たとえばウッディな内装です。デザイン的には見慣れているかもだけど、登場人物たちが店内を歩くたびに靴音が聴こえてきました。あるいは聴こえているように感じられます。生きて喜怒哀楽なウッディな音が聴こえるのです。目に見える内装のオシャレさ加減だけではこの効果は出せないでしょう。天然木、焙煎したコーヒーの香り、年月を経た控えめに鳴る靴音、これらが意識していないストーリーの外側で見ている人たちはずっと「見ている」のだと思います。どこかに視線を合わせて映像を見ているのだけれど、見ていない部分も「見ている」のでしょう。
塵も積もって山となるわけで、この部分です、1つのテーマに沿いながら、細かいけれども、これらがすべての映像のなかに組み込まれているわけです。

ウォン・ヘジュン美術監「ぜんぜんちがう新しい建物にしない。台本に沿ってプリンスたちが直接作ったような、手作り感を出すように工夫しました。」特別編より


「イ演出家は内容はもちろんのこと、目に見える部分にもこだわっていました」、とも、おっしゃっています。ほんとうに、そのように作られています。手作り感を出したところがミソで、主人公であるコ・ウンチャン(ユン・ウネ)のイメージに、そのまま繋がって行きます。

映像がストーリー以上にストーリーを構築しています。
その上にストーリーが乗っかってくるのだけれど、もうここまで徹底してしまえば、よほどハズさないかぎりは勝てないはずがないです、2回目、笑。

コーヒープリンス1号店〈上〉


そのストーリーですが、
というより魅力的な登場人物こそ特筆すべきことではないかしら。
いわゆるキャラのこと、ではなく、(そんなの何パターンかしかない、笑)、俳優さんたちが、そのキャラをどのように魅力的に演じていたのか、ここが見せ所です。

しつこいようですが、韓国の俳優さん方はレベルが高いです。『コーヒー~』も良かったです。

コ・ウンチャン役のユン・ウネさんは、はじめて社長さんの屋根のない車に乗って、立ち上がって気持ちをラップで表現していました。ドラマが始まってすぐの回です。「こういうドラマです」と表現しています。
その社長さんチェ・ハンギョル役のコン・ユさんは演技が安定していて、気持ちがよく伝わってきました。指先まで神経がゆきとどいているようです。
他に、チェ・ハンソン役の、イ・ソンギュンさんも良かったです。
ウンチャンとハンギョルが瑞々しい恋する気持ちを表現したのに対して、ハンソンとユジュは経過したその後の恋を表現していました。ワタシ的にはハンソンがツボです。

ハンソン「僕は変わっただろう。仕返しのつもりで君と寝るなんて――。君を傷つけたい」


恋人のユジュは他に男をつくって一方的に別れを告げたけど、3年後に元恋人のハンソンのところに戻ってきます。そのときのハンソンの心の動きにゾクッとします。「君を傷つけたい」のです。セリフだけ書くと間が抜けますが、イ・ソンギュンさんの集中した演技とともに見るとハンソンの悔し涙の過去がよく表現されています。

ハンソン「お前も揺れただろう! なぜ僕は許されないんだ! ――ほんとうに悪かった。でもあれは愛じゃない。ちょっと揺れただけだよ」

ユジュ「それと愛がどう違うの? その違いがよくわからないわ」


ハンソンはウンチャンにちょっと揺れてしまいます。ユジュは気に入らなくて別れてしまおうかという場面です。ハンソンの感情のたかぶりが凄いです。

ユジュは、子どもの頃から大人の下敷きになって自分を抑えて生きてきたのでしょう。
絵描きさんですが、絵を描いているときだけ自分を解放しているのかも。対人関係では摩擦が起きやすく、我を通して他者とぶつかるタイプじゃなくて、本心を伏せてしまうので相手が苛立つタイプです。冷静に見えてしまうので余計にハンソンは腹立たしい。
そのわりに、ユジュはハンソンに絶対の信頼を置いています。恋人というよりも母親みたいな存在ですね。ハンソンは母親で、私から離れていかない。いくとすれば恋人同士の裏切り以上に、母親に切り捨てられたみたいに痛いのでしょう。だから許せないのだと思います。
ハンソンはそうじゃなくて恋人同士の感覚でものを言っています。
この辺の、2人の意識のズレ具合が、見応えアリでした。

コーヒープリンス1号店 DVD-BOXI


「大人のいない世界」だと、特別編で説明されていました。大人が出ていても大人っぽくないと。
それこそがまさに「コーヒーショップ」じゃないですか。
「私」に戻れる場所です。

役割を脱いでお茶すれば、ひととき子どもに戻って開放することができるかもしれない。
そのキッカケ、スイッチとして、あのコーヒーショップの落ち着いた居心地のよい空間が用意されています。『コーヒー~』はそこ目掛けて忠実に表現されていました。
映像自体が人びとへ向けてWelcomeで、加えてウンチャンの生き方が象徴的に「ウンチャン的」で縛られていないのです。2007年韓国ドラマとして高視聴率。それだけ人びとは縛られいるのでしょう。私もまたそのうちの1人として、このドラマを楽しく見ました。

コーヒープリンス1号店 公式ガイドブック
コーヒープリンス1号店 オリジナル・サウンドトラック(DVD付)
Soundtrack from コーヒープリンス1号店~心ときめくコーヒーの香り~
コーヒープリンス1号店〈上〉
コーヒープリンス1号-BO店 DVDXI

comment

tome|
はじめまして。通りすがりのものです。
このドラマ好きだったので、興味深く読ませてもらいました。ありがとうございます。

kairou|
tome さん、はじめまして、ようこそ。
魅力いっぱいのドラマでしたね^^
この記事1本だけでは説明できなかったような・・・。
登場人物の魅力については皆さん書かれていると思うので、私は別方向から書いてみました。
読んでくれて、ありがとうございます♪


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