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ここ数ヵ月で観たもの読んだもの~本

新しい小説を読んでいないことに気がつく。再読ばかしでお気に入りの箇所をくり返し、思い出しては確認のため、ページを前後して開いてみたりと・・・、あまり、よろしくないかもしれないが。
こんなふうにして再読した小説は多く、ここでは、少しだけ。

これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学

ベストセラーは信じない? 批判されない哲学はないけれど(それはいつでも批判される)、学問的な追求だけが哲学ではないので、一般にも開放されるなら、サンデル式に伴走し、あたりまえの風景を掘り起こし、その先は各自の哲学へと進んでいくというふうな使い方でもよいわけだし、またそれを望んでいるようにも見受けられる。わかりやすさをかなり意識したもの。ていねいな返し縫による。マイケル・サンデルWiki
和力―日本を象る
「日本人のデザイン感覚はどこから生まれてきたのか」を、グラフィック・デザイナーが書いた本で、中身は、あっさりしてる。しかし、本そのものがデザインされていて、全体が和の雰囲気で、読んでいて、心地よかった。松田行正Wiki
泥棒日記
元気がないときに開く小説。はき溜めに言葉を浸していても、汚れのない澄みきった言葉を、必死に手を伸ばし、引き出そうとする。ジュネのその必死なさまに癒されたりする。カタヨリ紙で紹介
憂い顔の童子
下記
一日の労苦
下記


『憂い顔の童子』大江健三郎

憂い顔の童子 (講談社文庫)


<本文より抜き出し>
……私はわずかしか読んでおりませんが、古義人の書いておりますのは小説です。小説はウソを書くものでしょう? ウソの世界を【思い描く】のでしょう? そうやないのですか? ホントウのことを書き記すのは、小説よりほかのものやと思いますが……
……それでもこの土地の歴史として書かれてきたことや、語り伝えられておることに根ざしておると?
それはそうでしょう。この世の中にあるもの、あるはずのことと関係なしに物語が書かれますか? あなたも『不思議の国のアリス』や『星の王子さま』を読まれたでしょう? あれらはわざわざ、実際にはなさそうな物語に作られておりますな? それでも、この世の中にあるものなしで書かれておるでしょうか? 暗くて長い堅穴がのうては、そもそもの始まりがないでしょう? 話の続きにウワバミと象と帽子なしで、子供が興味をつなぎますか?
……あなたがお調べになったかぎりでも、私どもの家の者らの来歴とされているものが、事実と食い違うそうですな?
それはそうやろうと思います。古義人は小説を書いておるのですから。ウソを作っておるんですから。それではなぜ、本当にあったこと、あるものとまぎらわしいところを【交ぜる】のか、と御不審ですか?
それはウソに力をあたえるためでしょうが!

……倫理の問題がある、といわれますが、それこそは、私のような歳の者が、毎朝毎晩、考えておることですよ! いつ死んでもおかしゅうない歳になった者が、このまま死んでよいものか、と考えて…… その歳までは、小説を書く人間も倫理の問題どころではないでしょう。そのうち気がついてみると、これまでさんざん書いてきたウソの山に埋もれそうになっておる、ということでしょうな! 小説家もその歳になれば、このまま死んでよいものか、と考えるのでしょうな。
ウソの山のアリジゴクの穴から、これは本当のことやと、紙を一枚差し出して見せるのでしょうか? 死ぬ歳になった小説家というものも、難儀なことですな!
あなたのような物語の研究者は、いろいろ実例を知っておられましょうな? そうした歳になって家出をして、鉄道の駅で死んだ人もおられたでしょう? 百年ほど前のロシアに!※【】内の本文傍点。

■抜き出したのは前半の一部で、こういった多くの一部を編み合わせて後半へと向かう、構築する。私小説ふうに書かれているけれど、【交ぜる】技術は鍛練されたそれであり、文句なしのノーベル賞作家、いま生きてる日本の作家のうちではちょっと他に見当たらないのじゃないだろうか。「傑作」との紹介文が。おそらく他所で紹介するために抜き出される文章は後半の幾つかで、【交ぜ】構築したのちの一部一部の響き合いに応じているのかも。ウソ/ホント、ウソかホントかという問いではなく(そちらへ行くと言葉遊びにおちいる)、「難儀なことですな!」が言いたいのだと思う。届かないもどかしさ。100パーセント小説家。読みどころ多数。

太宰治全集 全10巻セット (ちくま文庫)

太宰治全集 全10巻セット (ちくま文庫)


<本文より抜き出し>
鎖につながれたら、鎖のまま歩く。十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。牢屋にいれられても、牢屋を破らず、牢屋のまま歩く。笑ってはいけない。私たち、これより他に生きるみちがなくなっている。いまは、そんなに笑っていても、いつの日にか君は、思い当る。あとは、敗北の奴隷か、死滅か、どちらかである。 青空文庫『一日の労苦』

■才気が走りすぎているとお叱りをうけそう。「むかし、古事記の時代に在っては、作者はすべて、また、作中人物であった。そこに、なんのこだわりもなかった。日記は、そのまま小説であり、評論であり、詩であった。」100パーセント小説家が好きなようである。太宰もそう。
出ると、外に入ってしまい、入ると、中に入ってしまう。どちらも入ってしまう。ここから出るために牢屋ごと歩くと言っている。「まったく新しい。」それは現在も新しい。
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