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『ボーダー&レス』藤代泉

ボーダー&レス


第46回文藝賞受賞作。第142回芥川賞候補作。村上龍サンが少し紹介していたので読んでみました。

内容は、在日コリアン3世の趙成佑(チョ・ソンウ)と、日本人の江口理倫が、入社式後のオリエンテーションで知り合い、柔らかい友情を育んでゆくのですが、いろいろとあって、“アイデンティティー”とかいう埋められない溝を意識し合うようになり、江口は悩み考え、ソンウともいくらかやりあい、それでなんとなく和解っぽくなってゆくというもので、書き方は江口の一人称でした。

この江口の考えをざっと端折って書いてしまうと、在日の人は差別とかされて悲しい過去も背負っているけれど、それだけ強いアイデンティティーを持てるのに対して、日本人の僕はいくら考えても経験したことないからそんなことわからないし、それに、そんなこと、どうでもいいじゃないですか。ソンウが何人であっても僕はソンウのことが好きだよ。

検索すると、文藝賞の選評を写した文書がいくつか出てきて、小学生みたいなサラリーマン、マンガみたいだ、日本人の側から在日を扱った作品が少ない、韓流ブームへの批判もあるのか? などなど。ぐるっとまわって、すべては作者のたくらみではないかというふうな落とし方であった、みたいです。私は文藝など読まないのでアヤシゲな伝聞(孫引き)ですけど。

まず、マンガみたいだ、については、その通りです。どこがどうというより全体のセンスが。会話も思考もその進み方もすべて。それもかなりレベルの低いマンガです。仮に原作で使ってくださいとお願いしたとして、はたしてマンガは使ってくれるかな。いったん小説として出されたという冠をつけないと無理な感じがします。日本のマンガは強いですよ。もっと志が高いのでは?
マンガでも使ってもらえなさそうな小説を、小説が評価してしまうという事態に陥っています。文藝賞、芥川賞候補と、ここまで来てしまったことに驚きます。
この作品だけでなく、マンガみたいに書かないと売れないのよねと言わんばかりに。この「みたいな」がすでに負け戦です。これではマンガに勝てないです。
小説じゃないところから要素、あるいは型を持ってくる、混合する、小説は混血をくり返す、それは素晴らしい、どんどんやってくれと思う。だけど大元の血筋がマンガでは、当然マンガに負けてしまいます。もしもマンガから何かを抽出し、小説との混血を謀るのであれば、この程度の交わりでは負けてしまうので、「負けました」とマンガに言わせるくらいにガッツリと交わって欲しいものです。マンガの表面をさらりと撫でるだけ。「みたいな」小説の中身も撫でるだけ、いや中身に到達してもいない。純文学なんてクソだという陰口も、よくわかります。

小学生みたいなサラリーマン、これはたぶん「現代的な感覚」の表現と、「読者の共感」を同時に狙ったのでしょう。腰をかがめて入ると警戒されずに受け入れてもらいやすいので。
しかしこの「現代的な感覚」というやつがクセ者で、まるで「現代的な感覚」というテンプレートが存在するかのようです。捉え方が、なぜか皆一緒で、予定調和、受け入れてもらいやすい同じ背景を、皆で使いまわしているかのようです。これまさしく時代の空気と言ってしまうのは早計です。『ボーダー~』もそうでした。個々に立ち入ってそこからその人なりの「現代的な感覚」を苦労して搾り出してくるのではなしに、お気軽に大きい文字での「現代的な感覚」を持ってきて、安心して背景に使ってしまうわけです。どこかの評論家が指し示したままの世界を、素直に背景として使っているというか。んん。もはや小説ではないかも。個々に立ち入ってこその小説だと思うけど。

日本人の側から在日を扱った作品が少ない。韓流ブームへの批判もあるのか?
「そんなことはどうでもいいじゃないですか」、では、なにも考えていないことになりはしないか。「いくら考えてもわからない」、これは途中経過の考え。「どうでもいいじゃん」は、その結論になります。途中でわからないから放棄して「どうでもいいじゃん」という結論に、投げ捨ててしまっている。単純に放棄です。
放棄した自分に戻ってくることもないです。その逆。酔ってしまう。放棄して「どうでもいいじゃん」と言っているのに、読者に納得させるために「何人であってもソンウのことが好きだよ」と、耳に心地よい言葉を持ってくるわけです。ああこれを言っているのだなー、と思いました、龍サンの記事ですけど。確かに卑怯な小説かもしれないです。
「日本人の側から在日を扱った作品が少ない」と言っても、放棄して終わっちゃった小説をもってして、一石を投じたまでは飛躍できないです。
しかもソンウは在日である必要もないと思う。転校生でも、いいかも。
北へ帰れ→前の学校へ帰れ
いじめは、この小説内に書かれている以上に醜いかもです。
というわけで在日の「ざ」の字も書かれていない小説でした。

「韓流ブームへの批判もあるのか?」おばちゃんたちが歴史も知らずに、いわゆる韓流スターにキャーキャー言っている、そういうことを言いたいのかな。
在日の「ざ」の字も書かれていない、放棄して終わっちゃ小説と、どこが違うのか私にはわからないです。
だいたい韓流ブームっていうのはそういうものではないです。観もしない人が風評だけで「こういう感じね」と、わかったつもりでレッテルを貼ってしまうから、在日批判も終わらないわけです。観ればいい。キャーキャー言いながら、イヤでもそこから、もう一歩踏み出して行くから。

作者の、たくらみと言われても、上に書いたとおりです。

諏訪哲史さん川上未映子さん、このレベルでいま小説を書くことが、いかに難しいのかがよくわかりました。

ひさびさに腐した記事となりました。
書くのに、えらい疲れました。。

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