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東北新幹線全線開業に思う(2)

東北新幹線不要論は最初からあった。主な理由は採算が見込めないこと。当時の青森県知事は同等に掛け合うために、六ヶ所村の核燃料サイクル施設のことを、くり返し口に出して訴えたようだ。

東北新幹線だけでなく、北海道、鹿児島と、開業を予定している。新幹線は1つに結ばれる。
採算性はもちろん重要だが、今後開かれ選択される日本のカタチとして、鉄道の整備もまた同様に重要である。その時期はともかく、いずれ誰かがやらなければならないのだろう。

だから私は新幹線など必要ないとは思っていない。作れるなら作ったほうが良いに決まっている。

しかしこのことと全線開業によって青森県が潤うかどうかという問いは別だ。
たいていの場合、いっしょくたに論じられてしまう。新幹線は富の象徴として捉えられているから、最初からワンセットで理解するのだろう。なるほど、鉄道建設は雇用と収入を生み出すだろう、新幹線そのものは確実に利益を生み出す。問題は、開業後。交流人口がどれだけ増えて、県内の経済効果がどれほどのものなのかは不確実なのである。試算はあるが、あくまで試算である。そこで、「このチャンスを活かして」という幟が立てられる。「どのように地域の振興に結びつけるか」と、ここで、話は簡単に飛んでしまうのである。あとは「どのように」を皆で模索することになる。ここは飛んではいけないところではないか? 

「どのように地域の振興に結びつけるか」、この問いは、そもそも、おかしい。
いや新幹線に寄りかかり、期待をかける、ワンセット思考として受け取るのなら、納得できる。
だが本来は、結びつける以前に、結びつくから結びつくのであって、方法やPRなどによって突然に理由もなく結びつくことはない。そのように結びついたように見える事例であっても、それはすでに結びついているのだ。新幹線という巨額の資金を投じなくても、すでに結びついたものは当然、結びついてしまうのである。

話は簡単に飛んでしまったところに戻る。

ではどうやって不確実を確実にするのか。未来は誰にも分からないけれど、1つだけ明らかなことがある。
それは、青森県はいったいどこへ向かっているのか、という問いだ。

前記事で「戦略もなく」と書いた。戦略は根っこの理念に基づく。
向かう場所が曖昧で不確実であれば、戦略も然り。
現行どおりのPRでどこまで引っ張って行けるか。

東北新幹線全線開業で沸き立ち、経済効果を望み、結局はゼロ地点に引き戻される。
青森県はどこへ向かっているのだろうかと。

新幹線、戦略、未来、この3つのキーワードで思い出した。
アルビン・トフラー である。うんと若い頃に、ぼんやりと読んだ。
もういちど読み直してみた。


※具体的な数字、県関係者の談話などは、青森県の新聞、東奥日報から引きました。


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Comment

daza

>巨額の資金を投じなくても、すでに結びついたものは当然、結びついてしまう・・・

そのとおりかもしれません。
誘客のために東京や県内各地でぶち上げる数々のイベントは数日の命。「観光客が来るんだからいつも通りじゃダメ。おもてなしはこうやるのよ。」と言わんばかりのTV各社のCMはあちゃ~↓という感じでした。熾烈な駅弁認定合戦やら、ほんとうにどこに向かってるんだろうかと思います。一つの答えは無いけれど、とにかく思いついたことをどんどんやれば何か形にはなるべ…「エイッ!資金投入!」という関係各所ですね。戦や混乱は儲け時。案外、目立たないところが潤ってるみたいですよ・・・
これまで培ってきた根っこがあるものは工夫次第で成長のチャンスかもですよ、というあたりが現実的な期待感かと思っています。
  • URL
  • 2010/12/16 15:21

kairou

dazaさん、こんばんは。

、、、その前に。まだ金木に行けてません。イケイケな人間なので気持ちは元気、本人は行けるつもりなんですけど^^; 体調が良いときに、覆面で、ふらっと、おじゃまします。

それで「おもてなしはこうやるのよ」。
新幹線より前の話。新宿生まれ新宿育ちの友人曰く、「青森の人は親切過ぎて心配」。道を尋ねればとても親切に教えてくれるし、ヘタすると軽トラ出して乗せてってくれる。善き旅人ばかりではないので、犯罪に巻き込まれやしないかと、うん、心配かもです。
わからないけど、県外の専門家か誰かが「おもてなし」を言い出したのかも(思い当たる人がいます。新聞で読んだ気がする)。
でも青森の人って、放っておいてもフツーに「おもてなし」、してるかもです。今回のことで教化してる「おもてなし」は商売のにおいがする。県民が日常的にやってしまう「おもてなし」とは別物だなぁ、と感じています。

>ぶち上げる数々のイベントは数日の命
根っこの無さを露呈です。無いから安売り合戦。ねぶたまで出してしまうから。知事がサンタの格好して大阪の学校まで出向いて、リンゴの絵本を読んだとか。どこまでやるのかな^^; 
結果を急ぐ、不安な気持ちが、つい動いてしまう、そういうことでしょうか。

そうだ駅弁もなぁ・・・、言いたいこと、いっぱい、出てきますね。

>これまで培ってきた根っこがあるものは工夫次第で成長のチャンスかもですよ、というあたりが現実的な期待感かと思っています。
うん。だと思います。
それと、青森県というブランドが育っていないので、「青森県? それ地図上のどこだっけ」から話が始まります。他県の人、特に西の人は視野の外かも。これを持って来ようと言うのだから生半可じゃないです。シッカリとした理念、戦略がないと、dazaさんのおっしゃるとおり、数日の命で、今日の努力が明日に結びつかないと思われます。
  • URL
  • 2010/12/17 21:51
  • Edit

daza

結局、私がこの旅行で見つけたものは「津軽のつたなさ」というものであった。拙劣さである。不器用さである。文化の表現方法の無い戸惑いである。私はまた、自身にもそれを感じた。けれども同時に私は、それに健康を感じた。ここから、何かしら全然あたらしい文化(私は、文化という言葉に、ぞっとする。むかしは文花と書いたようである)そんなものが、生れるのではなかろうか。愛情のあたらしい表現が生れるのではなかろうか。私は、自分の血の中の純粋の津軽気質(かたぎ)に、自信に似たものを感じて帰京したのである。つまり私は、津軽には文化なんてものは無く、したがって、津軽人の私も少しも文化人では無かったという事を発見してせいせいしたのである。それ以後の私の作品は、少し変ったような気がする。   太宰治「十五年間」より

理念も戦略もなくがむしゃらに腕をふりまわし続けたら喧嘩に勝った人がいた。というのが今も昔も津軽の文化だろうか・・・と、ちょっと慰められる一節です。リンゴでも志功でも竹山でも、たとえ潤わなくてもしぶとくやめない不器用さを内包しているのも青森らしさだったり。効率よくスマートに結果を出せるようには生まれついていないのかもしれませんね。と言って安心してはなんだかですが、自分に翻っては、大量得点が期待できそうな戦略はありません。正月に新幹線に乗って考えます。

いつか気候の良い時期に、覆面した人がふらっと来たらkairouさんだな、とその日を楽しみにしています(^^)お大事に冬を過ごしてください。
  • URL
  • 2010/12/18 15:47

kairou

津軽と南部は異なるようで。じっさいの体感としても違うなぁ、と思いますけど。どちらも青森県ですね。太宰さん、津軽の人^^

ちょっと調べたら、「地方、商店街、観光」、この辺のキーワードに限定しても、すでに多くの書籍が出版済みでした。学問的に語る、経験として言える、などなど、さまざまな切り口です。どこも必死で改善策を求める声、ここには切実な需要があるようです。

私はとても読みきれないけれど。関係なくはないので(それどころか大アリで)、自分なりに記事を書いてみたいです。
  • URL
  • 2010/12/21 20:01
  • Edit

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