スポンサード リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサード リンク

なぜ太宰治は自殺したのか

太宰はなぜ死んでしまったのか。
この問いに、さまざまな人々が答えています。境界性人格障害の疑いアリ、薬の量から言っても死ぬつもりはない自殺ゴッコ、再起をはかった賭けに違いない、死ぬことで自分の作品を完結させた、などなど。猪瀬直樹さんは、『ピカレスク太宰治伝』を書いて、「自殺の謎を解くカギは井伏鱒二との関係」にあると仰っているようです。夏目漱石ほどではないにしても太宰研究者もそうとう多いと思われますが、それだけでなく、読み手がそれぞれに解釈するために、太宰の死の理由は新しい読み手が加わるたびに、量りにかけられためされて、今後も世間の目に耐えてゆくことでしょう。

ところで、太宰治のヒット要因というサイトを見つけました。ダカーポに掲載されたらしいのですが、未確認です。
この「ロングセラー・ブランドの共通項」のなかに、「市場環境への積極的な対応」というのがあります。なぜ死んだのかを問う行為はここにあてはまるようです。直接に問いたい人が多ければ多いほど「彼を研究する人たちがつねに新しい切り口を提示」するというわけです。知りたい人がそれを買って読むと。

しかし、これは逆ですね。
理由を与えているのは「新しい切り口を提示」する側でしょう。死を演出したいと考えているのは太宰ではなく、そう理由づけた側なのです。太宰はひと言も言っていません、死人に口無しとはこのことです。そしてこの事実はどこまでも動かせないものです。
これがいつの間にか逆転して、太宰の死の理由として断言に近い口調に変わってしまいます。「どうせ演出だろう」という思い込みの方が強いのですね。その思い込みの市場に、新しい切り口だと言って、思い込みに応える本を、たとえば猪瀬さんは書くわけです。それは売れるでしょう。思い込みの市場に従っているのだから。
急いで付け加えると、逆転であれ何であれ、太宰の名が出てくる行為はすべて、「市場環境への積極的な対応」の内だろうから、ファンとしてはそう悪い気はしません。忘れ去られて行くよりも、こうして思い出してくれる人がいるだけで有難いことではないかと。太宰も生誕100年です。じつに息の長い作家です。

なぜ太宰は死んだのかと、太宰本人に訊いたところで明快な返答はないでしょう。
細かいことは、いろいろと言えるでしょうが、それこそ井伏さんのこととか生活のこととか。
でも本当の理由は誰にも分からないし、太宰本人にも分からないと思います。
その分からないところに立ち止まって考え続けていたのが太宰という作家で、あらかじめ答えを用意していた作家ではないのです。だから読者としては、太宰を相手に一緒になって「私」を考えることはできると思います。それが正しい(笑)太宰の利用法ではないでしょうか。自殺した結末から逆に辿って、思い込みで太宰をナナメに読むと、そこに現れ出た太宰は誰かの口真似の人形に過ぎず、けっして太宰本人に出会うことはないでしょう。
ちなみに、私はまだ出会えていません。
「私」が分からないように、太宰のことも分からないからです。


スポンサード リンク

Pagination

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

links

amazon

文学 韓国ドラマ 文学・評論 文庫新書 絵本・児童書 音楽 エンタメヘルス・ビューティー パソコン・周辺機器 ペット用品 洋書

rakuten

楽天市場 楽天ブックスTOP
楽天写真館 楽天トラベル
ホテル・旅館ランキング(全国)
楽天銀行  楽天カード
 

card

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。