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『埋もれる』 奈良美那

『埋もれる』奈良美那


ずっと転校生だった。父の仕事に付き添い各地を転々とする「わたし」は、どこの人でもなく、だれとも心をかよわせることのない、孤独な人だった。世界とのあいだには壁があり、自分も壁を作り、その隙間に煙草のけむりを充満させる。韓国へ行くと漠然と日本の人となる。しかし、そもそも韓国と日本は似ているけれども微妙に違う国なのだ。その微妙な違いが大きな違いとなって、まるで「わたし」と「あなた」のように断ち切られてしまう。韓国人なのか日本人なのかが曖昧になってしまう。育って行くための根っこが不確かで、それはどこへ行っても同じことだった。

わたしの人生は、なぜいつもこうなのか?
こんなにも、理解されたいという自分の欲望が重すぎる。
由希は両手で顔を覆いながら、何度も溜め息をついた。
背後にテソクが立ちつくしている気配を感じる。ただ黙ったきり、由希の背中を観察しているようだ。
目の前にはテソクの黒っぽい丸首のセーターがハンガーにかかり、カーテンレールに吊るされているのが見えた。
由希は、ぺたんとつぶれたセーターを、じっと見つめた。前にはテソクの抜け殻、背後には出口のないテソクの内面だけがあり、どちらも得体が知れない。二つのテソクにぎゅうぎゅうと圧迫されるような気がした。
あなたは、いったい何を考えているの?
わたしは、どうしたいんだろう?
由希はもういちど、髪をかきむしった。
わかっていることは、ただ一つ。このまま、日本に帰りたくない。こんなふうに傷つくために、この国へ来たわけではない。大事なものをこんなにたくさん失ってしまったことを思うと、到底このまま帰国するわけにはいかないと思う。
由希が嗚咽を押し殺したまま涙を拭いているあいだに、テソクは黙って逃げるように、シャワールームに入ってしまった。(229頁~)


第3回日本ラブストーリー大賞大賞受賞作。
奈良美那さんの『埋もれる』を読んだ。
エンタメの恋愛小説だけど、やや純文学寄りで、本音で書けば、文章は、それほど上手だとは思わなかった。このサイトを見てくださっている文学関係の方々が、本屋で立ち読みなどしたならば、「え?」、と思うかもしれない。ちょっと上に抜き出してみたけれど、だいたいこんな感じで、胃が痛くなるほど厳しく文章を見定める純文学系の常識(?)で言えば、どうかな、と横槍が入りそうだ。
だけど、奈良さんの小説の良い所はそこにはなくて、まず、きちっと構成が組まれていること、それから、子どもには書けない恋愛小説であること、私はそう読んだ。もっと素朴に書かれている。まっすぐに向かっている。このまっすぐな感じがとても良いと思う。だから総評としては審査員の石田衣良 さんが言った通りで、ほんとに、そのままの小説だった。

「携帯小説のような軽い物語が受ける時代に、この正直で誠実な恋愛小説がどう迎えられるか。それがぼくには興味がある。この作品が力量的には頭ひとつ抜けているのは、最終選考に臨んだ全員が認めていた。見事な大賞作品を得て、選考委員としてもうれしい。」

「正直で誠実な恋愛小説」、真面目すぎるほど、真面目に向かってくる。

あなたは、いったい何を考えているの?
わたしは、どうしたいんだろう?


と書いてしまうのだ。
これほど素朴に向かってくると、いわゆる告白体の私小説にも通じる素朴さではないかと思えてくる。ケータイ小説は「軽い」のだろう、読んだことはないが想像している。ところが『埋もれる』は、私小説の、くどい感じや、すっきりしない濁りや、倫理的に言って、敵にまわしてしまうだろう読者のことをも、うまく騙して取り込んで行こうとする、計算みたいなものが、まったくないところが、やや純文学的で、それだけ裸になって体ごとぶつかって行くところなど、私は好感を持って読んだ。

「力量的には頭ひとつ抜けている」、これは文章についてはそうは思わない。でも逆に、こうも言えるかな。文章が上手な書き手はいっぱい居るけれど、だからといって良い小説が書けるとは限らない。文章なんて下手でもいンじゃないかと実は腹ン中では思っている。要は、伝わればいい。そのためには構成力、これは文句なしに上手だと思う。まるで脚本の基本そのままに、序破急がピタッとはまっている。書き慣れた感じがする。後半、たたみ込んで行く辺りなど、出来事を重ねて行く辺りなど、なんというか安心して読むことができた。安心しすぎて、TVのサスペンス劇場的かな、とも思ったけれど、それ以上に、たとえば小道具の使い方などが上手だった。とくに煙草。心の底の、もやもや、っとした感じがよく出ていると思うし、由希もテソクもよく煙草を吸うけれど、もう1人の男、パクさんは煙草を吸わないのだなあ(にやり)。

それで、この小説は、やけに生々しいのだ。
抜き出してみる。

食べ終えたミカンの皮の上に、テソクが一口で吸いさしたタバコが置かれているのをとり、由希がくわえタバコに洗濯物を干し始めると、彼も近寄ってきて、一緒に干し始める。一本のタバコを代わる代わるに吸いながら急いで干してしまうと、布団にもぐり込んだ。由希は疲れて早く眠りたいと思っていたのに、硬くなった彼をショーツ越しに感じて、すぐに熱く湿った。わけがわからない。ああ、わたしたち、しつこいな、と思いながら。(195頁)


この前に、家事をやってくれないテソクに苛立ち、洗濯かごを持って部屋に入ってきた由希が、テソクめがけて洗濯ものを次々と投げつける描写が入っている。季節は冬で、韓国の寒い冬で、由希は洗濯機を蹴飛ばし、下着類だけを足踏みして洗う。それから部屋に入るとボイラーがよく効いて、韓国の床暖房も効いているから、むっと暑いわけだ。そこで洗濯ものを投げつける。洗濯ものはまだ濡れている。この湿気。体を合わせる。ああ、生々しい。手に取るように状況が見える。皮膚感覚で理解できる。とすると、文章、上手なんじゃないか? と思えてくる。文学的に酔わせる文章が上手いとすれば、これはヘタだと思う。だけど、状況がよく伝わってくるという意味では上手だと思う。やはりここでも、まっすぐに向かってくるところが良いと思う。

そして問題の(?)「本格的ベッドシーン」について。
これは漫画家の柴門ふみさんの選評で、私は、それほどでもないのじゃないか、と思ったけれど…。
恋愛小説こそ難しいと考えていて、ベッドシーンは、さらに難しいと思う。ヘタすると、ぐずぐずになるし、便所の落書きになりかねない。だから安全策を取るとすれば、できるだけベッドシーンは挿し込まない方がよいのではないかと。それを、思いっきり書いてしまったのだなあ。この匙加減は難しいと思う、事実、ギリギリだ。必要最低限、挿し込んだといった感じで、「本格的ベッドシーン」と言うほどでもないと思う。柴門ふみさんのはちょっと広告的な感じがするよ?(すみません 汗)
ここでも1つ、抜き出しておきます。

とろけた由希は、根っこを深く受け入れる柔らかな土だった。入れて、入れて、また入れた。こんなに深い場所が自分の体の中にあったことに初めて気づいたほど、深く入れた。
自分の声とは思えないような異様な叫びが、耳に響く。われ知らずに、大きな声でよがっているのだった。動物の唸りに似ている。(116頁)


AVモノも飽和状態なみに市場に出回り、漫画でも旺盛に描かれ、男性向けも女性向けも、どちらも書かれすぎてしまった感のあるベッドシーンを、わざわざ小説にまで書かなくてもいいのじゃないかという気もする。3、40年前であれば官能小説もそれなりに新鮮味があったかもしれないが、それをいま積極的にやろうとする意義さえ見出せない、かも。
ただこの小説に関して言えば、由希の心のありようからして、必要だったのかも。必要だったと思える。ベッドシーンばかりが声高に語られてしまっては、やはりちょっと違うかなという気がする。この小説のまんなかはそこには無くて、必要に迫られてベッドシーンが入っているというふうに、私には感じられた。

そのまんなかとは何かと言えば、くり返し出てくる、転校生のくだり。

由希は転校生で苦い思い出がある。その隙間、世界との他者との断ち切られた痛みをずっと引きずっている。その隙間を埋めたい欲求が強く、ベッドシーンは1つになること、完全になること、さらには永遠を思考しているフシもある。
とここまで書けば、なんと、まっとうな小説かと、思うだろう。なにもヘンなことは書かれていないのだ。自分探しとはちょっと違うのかな、子どもから大人への過渡期。セックスによって満たされたいという欲求はどこにでもあるのかもしれないが、それは大人の娯楽としての快楽ではなく、すごく真面目な欲求に根ざしている。健康的なベッドシーンという言い方はオカシイだろうか。たとえベッドシーンが赤裸々に語られていたとしても、真面目なベッドシーンで、むしろ純愛物語と言ってもいいかもしれない。そういうふうに書かれている。
ただ、過剰なまでに登場人物のバックストーリーを語ってしまうのは何故なんだろう? 
こういう事情があって、いま私はこんなふうに生きています、と。さすがに、煩わしい、かな? 寝るなら黙って寝てもいいと思うんだけど、そうはいかないのかな。わからないけれど、ずいぶんとオシャベリな心の傷だなと、ナナメに読まれてしまうかもしれない。



テソクも、まともな人間ではないような気がする。
嫌な感じだ。まともじゃない二人が、互いの歪みに惹かれ合ったこと。でもそれは、痛いけれど気持ちがいいことでもあった。湿疹をかきむしるときの気持ちよさに似ているかもしれない。(142頁)


男と女が別れるって、こんなに簡単なことなんだ。
通話を終えてからも、突き放したようなマウミの声が、由希の頭に残ったまま、じわじわと沁みてくる。「飽きた」、「無理です」、「もう説得する自信がありません」。それらの日本語が、頭の中でぐるぐると回る。(271頁)


「やってみなきゃ、わからないじゃない! 頭だけで考えたイメージなんて、みんな嘘よ。あなたがどんなに頭がいいか知らないけど、実際にやってみなければ、何事もわからないのよ。わたしは、経験したい。頭だけで考えてやめるなんて、馬鹿みたい。たとえダメでもいいじゃない。たとえ最後には別れても、出会わなかったよりはずっといいもの。離婚しても、殺し合っても、やらないで諦めるよりはずっといいもの!」(282頁~)


言葉が、まっすぐで、気恥ずかしい人も、いるかもしれないと思いつつ、いくつか抜き出した。
苦しいけれども美しい季節を越えてしまわなければ、こういった言葉は出て来ないのではないか。大人でなければ書けない、キラキラとした心に響く文章が散りばめられている。

「離婚しても、殺し合っても、やらないで諦めるよりはずっといいもの!」

私も誰かに、そう言ってもらいたいなあ。


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