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イ・ビョンホン、チョ・ヒョンジェ、イ・ウンジュの演技の共通点。

できれば、俳優志望の方が、学校、劇団などで学んだことをもとにして記事を書かれるのがよいのだけれど…、本式でないから分かるということもあるし、それに、これから強引に話を進めていきますが(笑)、どう教えられたところで「そうなってしまう演技」について書きたいのです。イ・ビョンホンさん、チョ・ヒョンジェさん、イ・ウンジュさんの演技の共通点について。

バッサリと乱暴に、
俳優さんには、能動型と受動型の2タイプがあるとして、私は受動型の俳優さんが好きです。どうやら好きなようです。その役に身を捧げてしまうタイプで、その方自身と持ち味は、ほんのりと彼方から漂ってくる程度です。

これが受動型だと仮に定義しますと、能動型はどういうタイプかというと、個性が強くて、なにを演じてもその方の持ち味が全面に出てしまい、演技が上手な方であれば、その役とご自身の持ち味のハーモニーで魅せてくれます。カリスマ、個性的、ユニークな演技、などと、よく感想文に書かれていると思います。

急いで付け加えますと、能動か受動かは演技の上手下手を限定していません。どちらのタイプにも上手な人もいれば下手な人もいます。それでもこの記事の傾向としては能動型の俳優さんの名前を出さない方がいいかなぁ、と思っています。比較して分かりやすくはなるけれど、ファンの方にしてみれば、あまり気分がよろしくないかと。名前は出せますが(能動型の俳優さんの方が、じつは数は多いと私は考えています)出さないでおきます。

とりあえず、受動型として、3人の俳優さんの名前を出してみました。他にも、います。記事が長くなってしまうので私の好きな俳優さんのなかから出しましたけど、

上手な順番は、ビョンホンさん、ウンジュさん、ヒョンジェさんです。
ヒョンジェさんから始まった韓ドラですが、ここはシビアにいきますヨ。

バンジージャンプする [DVD]


まずビョンホンさんとウンジュさんですが、ちょっとヤバイくらいに身を捧げていて、2人が競演した映画『バンジージャンプする』は、とってもオススメです。身を捧げる、ってくらいですから、「私」が伏せられて、役が全面に出ています。

ビョンホンさんは、前半と後半がまるで別人なのですぐに分かると思うけど(って簡単に言ってますけど凄いことですヨ)、この映画の中ではウンジュさんがハッキリしない演技をしているかのようにも見えますが、当然、演技です。そういう女性なのですね。しずかに内に秘めたものがあって、時として突飛な言動として表れる、ある意味、危険な女性で、表面は、おとなしく、深入りすると、男の人生を変えてしまう、妖しい魅力を持った女性として表現されています。だからぐーーっと抑えて、底の方からフフフと微笑む感じですね。派手な演技をしていないから印象に残りずらいとは思いますが、派手な演技をして自己アピールしたい俳優さんて、けっこう多いのじゃないかな…? 彼女はそれをやらないで、役に身を捧げてしまいます。彼女については過去に記事を書きました。お時間のある方、こちらです。→『スカーレットレター』 イ・ウンジュ ハン・ソッキュ

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ビョンホンさん出演ドラマであれば、『生き残った者の悲しみ』 イ・ビョンホン (1)が好きです。映画は、ほぼ観ましたけど、ドラマはまだ全部みていないのですが、いまのところドラマであれば、これが好きです。ちょっと内容を、ご紹介しますと、
ソウル五輪の前後、軍事政権から民主政権へと移り変わる韓国の激動の時代を生きた若い男女の話で、彼女は活動家になり、恋人のビョンホンさんは活動家にならずに生き残ってしまいます。彼女のような犠牲の上に、いまの韓国があるわけですよ。これを、スマートに、ゲージツ的に描くとすれば、視点を変えてやると思いますが、言葉が悪いですけど、ダサくってもいいんだと、視点など変えずに真正面から描いています。それはもう圧巻で、後半、舌で砂を舐めたように、ザラリとしました。でも構成は凝っていますよ。過去と現在の時間を巧みに操り、ズン胴になりやすい真正面から描かれたドラマを、効果的にシメてもいます。これを政治的に語らずに、あくまでも個人的な体験として語っているところが素晴らしいし、古くならない理由でもあります。

ビョンホンさんは、先のウンジュさんのように、こっちのドラマでは、ハッキリしない演技です。よく目を凝らして見ないと微妙な演じ分けに気づかないほど。リピーターになって初めて分かる、じわっと演じる俳優さんですね。凄いです。ほんとうに別人になりますよ。

ウンジュさんが亡くなったとき、キム・ギドク監督がコメントして、監督こそ大変だと思っていたけれど、俳優さんがもっとも大変なのだと言っていました。
受動型は、役を受け入れてしまうからハンパなく疲れますね。能動型が「役に入って演じ~」というのとは意味が違って、自分から入って行くのじゃなくて、役に体を明け渡してしまうのでしょうね。でなければ、別人にはなれないと思います。
どうやって明け渡すのか。私は俳優業の経験がないのでぼんやりと想像するだけですが、俳優さんは霊媒師ではないから、ただひたすら役に語りかけ、感情移入し、その役を想像し、自分の経験とするために、その役が入ってくるのを待っているのじゃないかなぁ、と。分からないけど、勝手に、そんなふうに、思ったりもします。

火の鳥 BOX-I [DVD]


ドラマ『火の鳥』にもウンジュさんが出ていますね。こちらの彼女は、子どものように純粋でわがままで世間知らずで、そこから始まって、お父さんの件のあと、ガラリと変化するという。映画『バンジージャンプする』とはこれまた別人です。

受動型の特徴として、1つの演技に対して、その背景が、わーっと見えてくることが挙げられます。
ストーリーに沿った動機づけとして、この演技と、この演技の背景が見える、というのではなく、カットされてしまった場面が見えるのです。すべての場面を出して繋いで行くわけではないから、かならず幾つかの場面はカットされてしまうけど、ストーリー展開上では必要なくても、役が生身の人間として生きるためには必要な背景です。たとえば歯磨き粉は何を使っているのか、とか、口笛を吹いたことがあるのか、など、こまかいところから、生い立ち、抱える葛藤など大きな背景まで、1つの演技から見せていく、想像させてくれる、これが得意なのが、受動型です。
能動型は、ストーリー上で生きているから、背景を感じさせてくれる場面を別に用意しないといけないと思います。下手な俳優さんだったら完全に用意しなければならないし、上手な俳優さんなら感じさせる程度でよいかと。ただ能動型の方が演技がスッキリしている、かもしれない。ストーリーを見せる話であれば、能動型の俳優さんこそ適役だと思われます。

ラブレター DVD-BOX


ヒョンジェさんだって上手ですヨ。ビョンホンさんとウンジュさんが巧すぎるんです。キャリアから言っても、まだまだ下手でもいいくらいだけど、いきなり初主演『ラブレター』でガツンときましたから。いまちょうど兵役で留守にしていますが、軍隊生活を終えてシャバに出たら、よい演技をみせてくれると期待しています(韓国、徴兵制の国の人。)。

ヒョンジェさんも受動型ですね。背景を想像させてくれるから。
ただ先の御二方と比べて、芯が強すぎる感じがします。ヒョンジェさんが持っている芯の強さだと思いますが、ABCと演じ分けるときに、それがちょっと足かせになっているような…、まっ白になれないところが見受けられます。役が入ってきて、内部で、カツン、とぶつかっているような…?
なのでヒョンジェさんは受動型なんだけど、ハマり役とそうでない役があるのじゃないかなぁ。器用になんでも演じてみせるタイプではないと思います。『ラブレター』はハマり役でしたけど。その意味では、一見して、能動型だけど、そのわりに背景を想像させてくれるので、やっぱり受動型ですね。ベースがこちら側にあります。

と、ここで、能動、受動では、説明が困難になってきました。
仮に、2タイプに分けて説明すればどうなるか、という記事でしたけど、もちろん、これだけでは語り尽くすことはできないです。私の言語能力では説明不可能なほど、複雑に込み入っていて、また日々変化してもいて、今日みている俳優さんの姿が、明日もそのままだとは限らないわけで、となれば、追いかける私の脳内も、どんどん複雑に、ドツボにハマっていきますが(笑)、

少なくとも、こんなふうに考えさせるだけの演技をして見せてくれている、これだけは変わらずに、確かなことです。
私は誰かの人生を見ているのであって、ストーリーを見ているわけではないです。言外の背景を見せ、誰かの人生を垣間見せ、さりげなく何かを残してくれる、そういう俳優さんが、大好きです。

「そうなってしまう演技」
選んだというよりも、そうなってしまったのでしょう。努力のたまものです。

comment

adajio|
kairouさま

今回も、「なるほど、なるほど」と頷くことばかりで…。おっしゃることよーくわかります。

で、やっぱりヒョンジェくんのところに食い付いてしまう私です…(笑)

>芯が強すぎる感じがします。ヒョンジェさんが持っている芯の強さだと思いますが、ABCと演じ分けるときに、それがちょっと足かせになっているような…、まっ白になれないところが見受けられます。

>ハマり役とそうでない役があるのじゃないかなぁ。器用になんでも演じてみせるタイプではないと思います

本当にそうですね。
インタビューなんかで主人公と同一視されることについてきかれると「僕はそうではないです」なんて、敢えて言ったりしていますよね。言うことでバランスをとっているのかなと見ています。

彼も早い段階から(っていうか、演じているときは私生活でもその人間になりきっていると聞きました)自分を無にして役に没入するタイプだけど、彼の中に動かせない「芯」がどうしてもあって、それを無にして演じるのにすごく疲れるんだろうなあ、と思ってます。なので、終わると、逆に、その「芯」の部分を取り戻そうとしてるんじゃないかな、なーんて思ってみたり…。(あくまで想像です。とんちんかんなこと言ってるかもです。)

「パパ三人…」では、勉強と思って、あえて能動的に演じようとしていたように思います。でも、本来は受動型なので、演技者としての彼の良さは受動型で演じたときにこそあるんじゃないかな。

受動型の演技が輝くには、共演者がすごくものをいいますよね。ヒョンジェくんはからむ相手役が能動型の女優さんや男優さんだと良さが消えてしまう感じがするわ。

今は兵役中。演技や俳優というものを離れて、自分の中にまたたくさんの感情や感性を蓄えてほしいです。そして、演ずるということに対して、ピュアに、貪欲になって帰ってきてほしいです。
そう思えば、兵役の二年間は、ずっと俳優のただ中にいるよりもずっと有意義なものになるのではないかと思って、私は自分に言い聞かせてます。。。

って、ヒョンジェ話ばっかりになってしまいました。ごめんなさい。

kairou|
ヒョンジェくんのところに食い付いてしまいますか^^

>言うことでバランスをとっているのかなと見ています。
>終わると、逆に、その「芯」の部分を取り戻そうとしてるんじゃないかな、なーんて思ってみたり…。

ですよね。憑依したものを、脱いで、もとに戻って、それから次の役に向かって行くのじゃないかなぁ、と。いやいや、私も、とんちんかんなこと言ってるかもだけど。

っていうか、俳優さんの脳内って分からないですよね。
どうやって役になるのか不思議だし、想像もします。

>「パパ三人…」では、勉強と思って、あえて能動的に演じようとしていたように思います。でも、本来は受動型なので、演技者としての彼の良さは受動型で演じたときにこそあるんじゃないかな。

おっしゃるとおりだと思います。「パパ三人~」は男前に映ってますけど。私なんか欲が深いので男前なだけでは「ヒョンジェ素敵!」とは言わないですよ。やっぱり俳優さんなので、いい演技をして見せてくれたときが、いちばん嬉しいです。「彼の良さは受動型で演じたときにこそあるんじゃないかな。」そうそう、それが言いたい!

でもこれって役を限定していないですよね。受動型でありさえすれば、良さが出せるのだから、ものすごい悪役から、触れると消えてしまいそうなほどの、はかない善人から、なんでもアリですよ。私の記事は単純に2つに切っただけなので。
でもなぁ、adajio さんのおっしゃるとおり、勉強と思って、やってみる時期なのかも…、ついね、欲が深くて、良さが出せるドラマにだけ出て欲しいとか思ってしまうのですよ~。

>受動型の演技が輝くには、共演者がすごくものをいいますよね。

これもおっしゃるとおりで。
DVDをみるとき、いつも思いますヨ。とくに相手役が下手だったらどうしよう、って。映画ドラマはチームワークがものを言うから、1人でがんばっても響かないのですよね。監督も脚本も出演者もみんなで出し合って響かせ合いながら、やらないと、全体的に、ガタガタになってしまい、汗。

>ヒョンジェくんはからむ相手役が能動型の女優さんや男優さんだと良さが消えてしまう感じがするわ。

深く同意!

>今は兵役中…

うんうん(頷く)。

>って、ヒョンジェ話ばっかりになってしまいました。

大丈夫ですヨ^^

adajio|
こんばんは。

私事ながら、今日は音楽のほうの練習日でした。(オーケストラもどき、ただし指揮者はプロです)
で、帰り道、こんなことを考えました。

演奏者にとって、楽譜は脚本のようなもので、指揮者は監督のようなものです。楽譜には、音符以外にいろいろな記号や文字が書いてありますが、そこから作曲者の意図を読み取り、音にしていきます。その際、指揮者の解釈が絶対で、奏者の解釈は二の次三の次です。
奏者も長くやっていると、音楽の決まりごとがわかってくるので、ここは当然こう弾くべきとか、言われなくてもできたりします。

ただ、問題は、自分が嫌いなタイプの曲を弾かねばならないとき。それから、自分の解釈と指揮者の要求が大きく違うとき です。当然、弾きながら、すごい違和感を感じます。
で、そんなときにどうするかというと…
ただただ指揮者に従って合奏を繰り返すだけです。何十回も合わせます。(プロはもっとすんなりできるのでしょうが) 息を吸うところ、吐くところまで合わせて、音楽を完成させていきます。
すると、不思議なことに、最後には「好き」とか「嫌い」とか「こう弾きたい」とかが消えているんです。何ていうか、「解釈」を超えたところにいくっていう感覚でしょうか。

今は、嫌いな曲の例を出しましたが、好きな曲であっても同じです。言いたいことはこういうことです。

「解釈」を超えたところに本当の表現があるんじゃないか。

「解釈」をそのまま表現するのは、受け取り手にとってもわかりやすく、表現者にとっても比較的楽な方法です。けれども、もっと時間をかけて頭だけじゃなく、身も心もそこに入っていった先にでてくるものが本当の表現じゃないかなと思います。

これが、kairouさんがおっしゃる「受動型」ということとつながるんじゃないかと思いました。

「解釈」は表現者として必要なものだけど、そこにとらわれると「ただ解釈しただけ」になってしまって、受け手を感動させるような表現ができないんじゃないでしょうか。演技のことはわかりませんが、同じじゃないかなと思いました。

kairou|
すごいですね~、オーケストラ^^

指揮者、楽譜、演奏者を、映画ドラマの監督、脚本、俳優に置き換えたわけですね。なるほど。

>すると、不思議なことに、最後には「好き」とか「嫌い」とか「こう弾きたい」とかが消えているんです。何ていうか、「解釈」を超えたところにいくっていう感覚でしょうか。

うんうん(頷く)。

>「解釈」を超えたところに本当の表現があるんじゃないか。

私の好きなタイプを仮に受動型として分類しましたが、その目指すべきところは、ひょっとして、adajio さんの、おっしゃるとおりではないかなぁ、と、相変わらず半信半疑ですけど(汗)、なんかそんな気はしますよね。
うん。強くそう思います。

でも、それはほら、私が好きなタイプだから。本当のと言ってしまうと(分けてしまうと)、やや吃音が入って来るし、、
もしや、それは、能動、受動、両方ともに、そうなのかもしれないし…、
んー、私もよく分からないですけど。
すみません^^;

おもしろい置き換えだと思いました。
解釈のくだりは、adajio さんがオーケストラの経験から書いてくださいましたが、ジャンル関係なく、表現の場ではどこでも、似たような感じなのかな? と思ったり。
たとえば絵画とかね。小説もそうだけど。踊り、お花、お茶、すべての表現の場において、解釈を超えて行くものだけが、なにかを伝えられるのかもしれないです。

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