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静かな夜「太宰治生誕100年」の今日

もしも生きていれば太宰治は今日100歳の誕生日を迎えていました。
東京三鷹禅林寺では桜桃忌。青森の生家金木(現・五所川原市)では生誕祭、こちらは新たに銅像を作って見せてくれているそうです。

その他、「記念~」が目白押し、てんこ盛りで、記念切手、記念図書カード、記念出版、などなど、「記念~」の数が、端から端までとても多くて、途中で把握できなくなってしまいましたが、JR山手線の車両にも太宰が描かれているとかで、これは憶えていました。偶然に乗れた方よかったですね。そのまま青森まで行っちゃってください。

太宰の地元青森の新聞「東奥日報」では、“本日「太宰」特別紙面”と題して、多くのスペースを使って、まだ太宰を知らない人にも分かるように、わりと詳しく紹介していました。

映画は現在のところ4本作られているそうです。演劇も予定していて、村田雄浩さん、川上麻衣子さんが、演じられるそうです。
あと、もっと他にもあったような気がするンですけど、あまりに多くて、アイドル歌手なみに私のアラートは「太宰治」を拾ってくるものだから、情報が不確かです、すみません^^;

おめでとう、と言うべきか、お疲れさま、と言うべきか、それとも、しんみりと、黙るべきか、私には分からないけれど・・・、なにはともあれ今夜は静かな夜でした。「生誕100年」の今日、とくに書くことはないです。これからもずっとみんなに愛されてゆくといいなぁ、と漠然と、願いつつ・・・。

comment

美城丈二|
丈です。生誕100年目ということで色々な太宰像を想像している次第です。いまは自身を祝ってくれている人々ににこやかに笑っている太宰像が勝っております。私事を申せば、とうに太宰が生きていた歳を越えてしまいました。私は自身の生をしっかり全うしたいと思っております。まだ書き残している事柄がたくさんあるの気がするのですね。そう、考えたとき、もう太宰は書き残したものは無かったのかな?とまた想像してしまいました。まったく太宰さんはこの歳まで私にまとわりついてきます。困ったもんだ!!(笑)。丈

kairou|
丈さんこんばんは^^
ですね、私もとうに超えてしまったかもしれないです。。

笑っている太宰像、「もう、いいよ」、とか言いながら、伏し目がちに微笑んでいる、私も、そんな感じがしています。外は、嵐が吹き荒れているかのような騒がしい状態で、NHKでも特集番組が放送されていましたけど、私も見ましたけど、しかし、こうして話題にして貰えるだけで有難いことだなぁ、とも、思っております。

新潮文庫ロングセラーの記事を書きました。ここに名前が出ている方々は一握りの選ばれた作家で、今風に言えば勝ち組です。時を経ても選ばれてゆくというのはほんとうに凄いことだと思います。芥川賞全集なんかを読んでいると、候補にあがっている人でさえいまでは辿ってゆけない人が、ほとんどです。跡形もなく消えてしまいます。当時はそれなりに売れていたかもしれないのに。そんな中で、この勝ち組の中に、漱石先生や、川端さん、三島さんなどの間に混じって、太宰が入っていることが嬉しく思うし、有難くも思っております。

まだ書き残していること、うーん、そうですね、なんか遺書には小説を書くのがいやになったから死ぬのです、とか、書いてあったみたいですが、それはたぶん、「ぼくは疲れてしまったよ」、ということだろうと想像しています。愛人の件もあったし。あのグッド・バイなんて、つまり、そういうことじゃないですか(なんだよ、笑)。休息が必要でした。書き残したことあったかもしれない・・、と私は勝手に想像しています。

>まだ書き残している事柄がたくさんあるの気がするのですね。
うんうん^^
丈さん、新刊が出たときにはぜひ私にもご一報くだされば、速攻で読みますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

美城丈二|
再び、丈です。
 ときに考えるのですね。僕は何故、いまだ生かされているのかと?いっぱしのことを言えば、僕の存立理由はまだまだ書き残していることがありますよ、という暗示なのだろうと。それは家族があるからだとか、そういうリアルな現実では無い、何か、別次元でのお話しなのだろうと。

 僭越なる物言いなのでしょうが、若い時分から「生きていた証しを残したい」と思いながら僕はせっせと様々な媒体で書き込んできたような気もするのですね。だから太宰だとか芥川、川端、三島、こういった大家が普遍的に読まれている現実には驚異と共に脅威も強く感じますね。どのジャンルもそうですが、もう人間は様々な感覚を世に送りだし、平たく言うとネタは尽きてると思うのですね。そう思うからまたイラつくし、書きがいもある。後世の人々はもう尽きたと思われている世界に針の糸を通す作業を強いられる、だから評価されたとき、達成感を得るのだとも思えます。

回廊さんの文章にはいつも自身の感性が研ぎ澄まされます。気にかけてくださってとても嬉しいです。ありがとうございます。感謝です。今後も日々、努めて頑張ります(笑)。丈

kairou|
>僕の存立理由はまだまだ書き残していることがありますよ、という暗示なのだろうと。

それは丈さんが「もの書きサン」だから^^
書くことが人生の中心に据えられているからそのようにお考えになるのではないかと、私なりに、思ったりしました。

>それは家族があるからだとか、そういうリアルな現実では無い、何か、別次元でのお話しなのだろうと。

うーん、そうかぁ・・。
丈さんのお話から自分のことを考えて、私は家族(いまは特に子ども)が中心に据えられているのだなぁ、と思いました。別次元というものがなくて^^; 地べた這いつくばる超リアル、しかないみたいです。
その意味で、太宰のことを、私はよく分かっていないかもしれない、とも思いました。やっぱり丈さんのほうが理解されているかもです。
うまく言えないのですけど^^;
なんというか、丈さんの太宰への寄り添い方というか、語りの切り口というか、それが私よりも太宰に近づいていると思いました。「書き残したものは無かったのかな?」というのがズバリそのもので、まさに小説しかなかった太宰の中心へと入って行く問いではないかと、今、分かりました。
それに対しての丈さんの、ご自身の、ことですよね。
そうかぁ・・(しみじみ)、私はもの書きサンの星の下に生まれていないので、あさってのことばかり言ってますけど、笑。

>若い時分から「生きていた証しを残したい」と思いながら僕はせっせと様々な媒体で書き込んできたような気もするのですね。

やっぱり丈さん、もの書きサンの星の下に生まれてます。

>だから太宰だとか芥川、川端、三島、こういった大家が普遍的に読まれている現実には驚異と共に脅威も強く感じますね。

周囲のこともあるけど、最終的には、心の師に読んでもらうつもりで書きますよね。いつも背中に感じているというか・・。
うっ、生意気ですみません。でも私なりに分かるような感じがしました。

>どのジャンルもそうですが、もう人間は様々な感覚を世に送りだし、平たく言うとネタは尽きてると思うのですね。・・

ほんとに。どのジャンルも。音楽を聴いていても、ああこれは、あれと、あれの、これだな、とか思ってしまう~。映画ドラマもそうだし。次はどうやって抜け出してくるかな、みたいな感じで、観ています。

>後世の人々はもう尽きたと思われている世界に針の糸を通す作業を強いられる、だから評価されたとき、達成感を得るのだとも思えます。

うんうん^^
もう尽きたかもしれないけれど、つねに作品は必要とされているし、でないと、人生つまらない(半分しか生きていない)、と思います。

>回廊さんの文章にはいつも・・

いえいえ、こちらこそ^^;
なんか丈さんとふたりして桜桃忌やったみたいな感じになりましたね! お付き合い頂きまして有難うございます。
丈さん、きっとよい小説を書いてくださいね^^

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